TOPへ
第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回
第7回 第8回 第9回 第10回 第11回
アメリカ居よいか住みよいか

 アメリカと日本の暮らしの費用を、以前に訪れた36年前のそれと比較してみよう。
 当時、私たちは「アメリカで稼いで日本で遣えばなんなく貯金を増やせる」とよくいったものである。当時、固定相場でドルのレートは360円。闇ドルなら400円。まだ外貨保有額の少なかったわが国では、渡航時の外貨の持ち出しは500ドル、日本円で10万円が限度であったが、それでは過ごせるハズのないことは分かりきったことなので、私たちは500ドルの旅行小切手と、50万円の現金を懐に忍ばせて1ヶ月の訪米旅行に出発した。これは黙認といってよいだろう。
 しかし、現実はそんなに甘くなかった、3食を2食にしたりして節約をしたが、もちろん足りるわけもなくニューヨークでは闇ドルを400円で1000ドルを換金し、さらに日本の某企業アメリカ支社で帰国後に返済することを条件に2000ドルを借りたが、それでも帰国したときには無一文に近かった。
 アメリカ各地で同業者(理容)とミーティングしたが、その収入の差の余りに大きいのに、唯々恐れ入るばかりであった。
 当時の理容料金は2.5ドルから10ドルで、平均5ドル。これはカットのみで顔剃りやシャンプーなどは無しだから、わずか10分ほどで終わる技術料金だ。一方、私の店は550円。しかもカットに顔剃りやシャンプー、マッサージまで含む料金で所要時間は1時間だから、その収入差は10倍!
 ハワイで私たちを案内してくれたM氏は「家内と二人で月額6000ドル稼いでいる」と事もなげに言い放った。日本円で216万円。「日本はどうしてそんなに安いのか?」と問われて、答えながらも本当に情けなかった。
 しかし、日本ではそれが当然であり、従業員の給与も10分の1で済んでいたから、ここで「アメリカで稼いで日本で遣えば・・・」の意味がハッキリしてくるわけだ。
 ところが、それから36年を経過した現在、この格差が全く逆転してしまった。私の店の技術料金は4000円36年前の10倍強になったのに対して、アメリカは10ドルから30ドル(カットのみ)で約3倍にしかなっていない。これは、業界の無気力が原因なのだろう。
 しかし、単純に日本が追い越したとは言えないわけで、実はアメリカ経済が戦後の世界的インフレの影響を余り受けなかったことがある。それほどの底力をアメリカ経済が持っていたことを実証したと見ることもできる。
 1800年代、日本では徳川末期にアメリカで発行された紙幣や貨幣が、今でもそのままの価値で立派に通用している事実は、日本のそれと比べて、まさに脅威といわざるをえない。
 日本と比べて安いといえば、土地の価格だろう。人口密度が世界一の日本に対して、広大な北米大陸にわずか2億人の人口では、一部の例外を除いて地価がほとんど動かないのは当然だろう。
 たとえば北米大陸を西から東に飛ぶと、ロッキーやネバダの山岳地帯を過ぎれば大平原が果てしなく続き、その先は霞んで見えない大パノラマに、よくこんな国と戦争したものだと、妙な関心をしたりする。
 娘のミチコの家庭は10年前に旧宅を出て、環境を考えて人里離れ、しかも通勤可能な土地付きの居宅を探して30年のローンで購入した。ボストンの都心からフリーウェイで約1時間、距離にして約50マイルの通勤圏である。
 このボックスフォードという町の開発されたときの州の条件は、1区画が1エーカー(約1224坪)以上と決められていた。
 結局、ミチコが選んだのは6エーカー(約7340坪)の土地付き建売住宅。30畳ほどのダイニング・キッチンに20畳ほどのリビング、バス/トイレ付きの寝室が3部屋に書斎、地下室が造られた3階建て住宅で、これに2台分のガレージが付いている。これが2000坪ほどの芝生の中に建ち外は森林に囲まれている。
 これが日本ならまさに大豪邸だが、この価格がなんと37万ドル。日本円で4700万円。しかも30年のローンである。日本なら普通のマンションの価格だからサラリーマンでも楽に購入できる。
 これだけの規模で、周りの森林もすべて自分の持ち物だから買った後が大変忙しい・・・。

荘司調髪所の歴史はこちら
 ミチコの夫Jackは、まず道路から建物までの進入路を整備して車が入りやすいようにする。森の木を伐採して薪を作り冬に備える。何しろ冬は零下30度にもなり積雪もひどい。開墾した所には野菜を作り果樹を植えて自給する。
 仕事の余暇に、彼はこれらの作業をほとんど一人でやってのけ、今年、遂に進入路の舗装も完成して見違えるようになった。
 この庭には鹿やキツネ、ときにはコヨーテまでが姿を見せ、野鳥が舞いリスがやってくる。子供たちは朝から芝生を走り回って遊ぶ。まことに健康的な生活ができるも広大な土地があればこそ。
 そして、嘘のような話だがここにはエアコンがない。連日30度を越す暑さは日本と変わらないが、湿度が低いのと、窓やドアを開けて網戸にしておけば吹き込む風がさわやかなのだ。
 さらにボストンの都心から西へ車で約1時間の住宅地Sherbornにある、ミチコの義父母に当たるJackの両親の住居はもっとすごい。去年、金婚式を迎えたKayとJohn夫妻は新婚1年目、すなわち今から50年前にこの土地と住宅を購入。3男1女を育て上げてそれぞれ独立し、今は10人の孫もできて悠々自適の毎日だが、その敷地はなんと14エーカー(17000坪)である。約3000坪の芝生の刈り込みはトラクターを使ってのJohnの仕事。そして、ここにもエアコンを必要としない。
 孫たちがやって来て庭のプールで歓声を上げるのを眺めるのが楽しみという老夫婦には、本当に心のこもった接待をいただき、感動を持ち帰ることができた。お二人の健康を心から祈りたい。
 以前にミチコが日本に戻った時、スーパーでの買い物から戻って驚いたことがあった。「日本はどうしてこんなに高いの?アメリカでは5万円あったら5人家族で一ヶ月間、楽に暮らせるのよ」
 ほんまかいな?と半ば疑いながらの訪米であったが、ミチコ宅に8日、義父母の家で2日、他に知人宅に呼ばれたり高級レストランに招かれたり招いたりして、それが事実であることを知らされた。
 その第1はもちろん生活必需品の価格である。まずコメ。味の好みは別にしていわゆるカリフォルニア米は充分に美味しく、30ポンド(13.5kg)で約1000円。肉類は日本の10分の1.牛乳やジュース類など常備品として欠かせないものは大ビンが用意されていて日本の3分の1。しかも乳製品はアイスクリームを含めてかなり濃厚である。
 また完全なクルマ社会に欠かせないガソリンは、かなりの税金を課せられていてもリッター当たり30円くらい。アメリカ大陸を縦横に走る片側6車線のフリーウェイは、その名前どおりの無料で料金所がないから渋滞もない。ムリな追い越しや割り込みもなく、充分な車間距離をとって整然と走る車の大群を見てると、事故の少ないのも納得できる。
 ただ1度だけ、ニューヨークからアトランティックシティへの3時間のフリーウェイ走行中に3ヵ所の無人のトールゲートがあり、コインを投入すると信号が青になる仕掛になっていた。これが30円!案内してくれたMiss.Juneeに「これだと1セントや5セントの小額コインを入れても分かりませんね」と質問したら、「そんな人はいませんよ」と見事に一蹴されてしまった。ついでになぜ高速道路が無料なのかをたずねたら、彼女の答えは「建設費の償却が終わったからです」と極めて明快。
 40年ほど前に日本で最初の高速道路が一部完成したとき、時の建設大臣河野一郎氏はハイウェイ時代の幕開けを自賛し、「巨額の建設費の償却を終われば無料にする」と明言したが、通行料は値上げの連続。用地の取得費、騒音対策費などが、アメリカとは比較にならないのは理解できるが、国民との約束を実行できなければ信を失うのは為政者としては当然であろう。
第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回
第7回 第8回 第9回 第10回 第11回