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酒井 敬夫
椛綜i調髪所 代表取締役会長 |
| Profile |
| 生年月日 |
大正9年5月9日 |
| 出身地 |
東京都 |
| 血液型 |
B型 |
| 経歴 |
1933年
(昭和8年)3月 |
東京・日比谷 尋常小学校卒業 |
1933年
(昭和8年)4月 |
大阪・三越百貨店理髪室に見習いとして入店 |
1936年
(昭和11年)3月 |
荘司調髪所入店 |
1936年
(昭和11年)4月 |
大阪市立福島実務学校理容科入学(夜学) |
1938年
(昭和13年)3月 |
同校卒業 理容師免許取得 |
1965年
(昭和40年)7月 |
荘司調髪所代表取締役社長就任 |
1994年
(平成6年)10月 |
荘司調髪所代表取締役会長就任 |
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1998年8月18日、私たちの乗った、JAL国際線は13時間のフライトを終えて、ニューヨーク・ケネディ空港に到着した。ここで国内線に乗り換えて、娘たちの待つボストンに向かう予定だったが、この約3時間の待ち時間を同空港で過ごすことになった。
私と家内、そして孫の3人だけの個人旅行だから荷物の運搬から諸手続きまで、すべてを自分たちでやらなければならない。しかも、英語のまったくダメな3人で、そこは何とかなるさで出発してきたのだが、それはそれで何とかなっていけるから面白い。 |
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JAL機が到着したターミナル@から空港内巡回バスに乗り、ボストン行きのAA(アメリカン・エアライン)の発
着するターミナルDに移動してチェックインをした後、出発するまでの待ち時間に昼食をすることにし、いくつかあるレストランの中でも最も空いている店に入った。
カウンター下のショーケースを覗くとサンドイッチらしきものが目にとまった。店員の黒人女性に「サンドイッ チか?」と聞くとYesという返事が返ってきた。
飲物に「Coke One」と注文すると、自分でやれという。セルフサービスの店なので当然なのだが、渡された日本のそれの3倍くらいの容量がある紙コップに、ディスペンサーのコックを押してコーラと氷を満杯にして、ミネラルウォーター1本と例のサンドイッチらしき食品に4ドル52セントを支払って、カウンターに座った。
さて、改めてそのサンドイッチらしき食品を見ると、薄いパンに挟まれた中身は、なんと生ハムの15枚重 ねにレタスで、その厚さは7センチにもなり、口をいっぱいに開けても入り切らないほど。
しかも上下のパンは固くてまずくて、まるでワラを噛んでいるような味で、空腹であったから何とか食べ たものの、なんとも侘しく、もっとよい店に入ればよかったなと話し合ったのだが、これが1ヶ月間にわた
る“アメリカ・パン”すなわちアメリカン・ブレッドとの格闘?の前哨戦だったとは、いまだ気付かなかった!
それは、ボストン郊外の娘の家庭でも、招待された高級レストランでも、そしてニューヨークを初め巡っ た各都市のどこの店でも固くてまずいパンに、中身はビーフやチキン、ポーク、ターキーの違いはあれど肉の固まりであることは変わりなかった。
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帰国して半年を過ぎた今でも、毎朝パン食をする私たち夫婦は「本当に日本のパンは旨いなぁ!」と。その都度うなづき合う日々がいまだに続いていて、感謝と感激をもって毎日を過ごしている次第である。
(つづく) |
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