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昨日の敵は今日の友
 ホテルのツアー・デスクに問い合わせたところ、もう締め切りましたとにべもない返事。ほかにもツアー・デスクがあったことを思い出して訪れた。
 これがなんとアメリカ人専用のデスクで、日本語は全く通じない。幸い隣の宝石屋の青年が通訳してくれ、おばさんがパソコンで検索して明朝9時発の分がちょうど3席空いているとの事。しかも、かなり安価なのですぐに契約した。
 翌朝、観光バスに乗り込むと満席で日本人は私たちだけ。運転手兼ガイドは中年白人の大男で、走行中ずうっと喋り続け客を笑わせ喝采を浴びていたが、英語なのでさっぱりわからない。日本語がどこでも通じるハワイで、全然通じない観光ツアーという妙なことになってしまった。

 やがて観光バスはカメハメハ大王を経て、アリゾナ記念館に到着。まず真珠湾攻撃を回顧する記録映画を見る。
 1941年当時の日米間のトラブル解説から始まって、アメリカ艦隊の壊滅の状況まで克明に映し出されていたが、必ずしも日本を悪者扱いするようなものではなく、ラストシーンは「過去のことは忘れよう。昨日の敵は今日の友。これからは互いに手を携えて世界の平和のために働いていこう。」というブッシュ大統領の言葉で終わった。
 この言葉を聞きながら、私は眼の奥がジーンと熱くなるのを禁じえなかった・・・
 映画の後はシャトルボートに乗り、戦艦アリゾナの沈没海域に向かう。
 沈んだアリゾナの砲塔が波間の下に見える位置に建てられた大理石の壁には、2000人に及ぶ戦没乗組員の姓名が刻まれ、正面の祭壇には大きなアリゾナの碇が飾られていて、36年前に来たときと少しも変わらない姿で私たちを迎えてくれた。
 36年前に訪れたときは、40歳前後の白人の大男たちが私たちによく声を掛けてきたものだ。
 「あなたは日本人?どこで戦っていたか?」
 「日本人は勇敢だった!GOOD LUCK」
 それは多分に、勝者の敗者に対する憐憫もあったかもしれないが、なんと、おおらかで爽やかな戦友達であろうかと感嘆したものだった。
 しかし、今回違う。周りの多くのアメリカ人達はまったく私たちを無視しているように感じる。考えてみれば、彼らのほとんどがあの戦争とは関係のない世代で、70歳以上はほとんど見当たらない。かつて、私たちに「戦友」といってくれた人々は、今どこでどうしているのだろう。
 真珠湾の戦跡が後世に語りかけるものが、時代の流れとともに変わっていくことは防ぎようのないことであり、あの戦争が風化寸前にあるのかもしれない。アメリカでも、そして日本でも---。
 1945年8月、日本の重光外務大臣と梅津陸軍大臣が、マッカーサー元帥の前で降伏文書に署名した、あの戦艦ミズーリもこのほど退役したが、スクラップにならずに真珠湾に曳航されてアリゾナの隣りに繋留され、ともに太平洋戦争のモニュメントとして遺されるそうである。
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